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自分を大切にする

私にもストーリーがあった。私がクレープを食べたくなる理由

ここ最近、ブログの記事を書いたり、毎日日記をはてなブログで書いたり、noteで考えたことをパソコンで打ち込んでいるうちに思い至ったことがありました。

日記をパソコンで打つの、好きかも。
日記やスケジュール帳に書くよりも、はかどる。

ノートに書いてまとめるとか、スケジュール帳を使うとか「書く」ことで頭の整理ができる、という話をよく聞きます。

もちろん、スケジュール帳に書いた方が、予定や計画を立てるのは向いていると思う。

でも、日記を書くのはアナログよりも、断然パソコンのが私はしっくりきます。

なんでかな…と考えたら、小学校高学年の時に父が購入したワープロを、父よりもおもちゃにしていたんです。

日記をワープロで打ち込んで、本のようにきれいな文字で印刷されるのに感動しました。

ご丁寧にファイルに挟んで…というのをしばらく続けたのを思い出しました。

そうか。

妙に日記を書くのが続くのは、この体験がルーツなのかも…?

他人の人生の話を聞いてそのストーリーに感動しているばかりのわたしにも、ちゃーんとストーリーがあるじゃん!なんて気づいたのです。

もう1つ思い出した、クレープ好きになったストーリー

そういえば、私って時々無性にクレープが食べたくなるんです。

ショッピングモールのクレープ屋さんとか、お祭りの出店とか見かけると、「あ!」と反射的に惹かれてしまう…。

これもどこかで思い立ったのですが、小学生の低学年のころ中耳炎を何度も繰り返してたんですね。

中耳炎って、当時毎日耳鼻科に通わなくちゃいけなくて、足の不自由な母が何とか乗れる、自転車の後ろに私をのっけて連れていってくれたんです。

診察が終わったあと、耳鼻科の近くにクレープ屋さんがあって、帰りに寄って母と二人で食べる時間が大好きでした。

足が不自由で車に乗れない母。

仕事とパチンコ通いで家庭を顧みない父。

母とそうして過ごす、ちょっと非現実的な美味しい時間が、いまだに私に根付いているみたいです。

当時食べていたチョコバナナクリームのクレープ、未だに絶対頼んじゃうんですよね。

そのクレープ屋さんのお母さんが、70歳を超えてまだ切り盛りされていて、娘がそんなに長く?!と驚くのも面白くて。

母、私、娘、と三世代にわたってクレープ屋さんに通えるのも、なんだか嬉しいことだなぁとしみじみ思っています。

子どものころの好きや大切な思い出が人生のよりどころになるのかも

他にもきっと気づいていない、私の行動の根っこになるようなルーツってあると思います。

パソコンで打ち込む日記と、クレープ好きの理由に、ハッとして気づいた時に、なんともいえない懐かしさと、感動を覚えました。

私の原点はここにあって、今も続いている…。

私だけが持つ、ストーリーなんだって。

看護師をしていると、たくさんの患者さんにお会いして、たくさんの方のストーリーをお聞きします。

私はそれがとってもありがたくて、お聞きできるのが嬉しいんですね。

患者さんやご家族からは、「病気と関係ない話をしてしまって…ごめんなさい」

なんて言われますが…

ほぼほぼ初対面で、こんな大切な人生の一部を教えてくださって、マジありがとうございます!って感じで、よだれものだったりするんですよね…(笑)

人のストーリーによだれを垂らすばかりだったのに、自分にもストーリーがあった!っていう発見に感動してしまったのです。

「好き」にはストーリーがある

なんとなく好きだと思っていたものにも、

「どうして私はこれが好きなんだろう?」

と辿ってみると、自分の過去につながっていて。

自分でも忘れていた誰かとの時間とか、
小さかった頃の自分とか、
大切にしてもらった記憶とか。

「好き」をたどることで、自分の中のストーリーが浮かび上がってくるような気がします。

それに気づいた時に、自分の大事にしているものや、大事にしてもらったことに気づけるのかも。

そうすることで、自分の存在価値を確認できたり、自分の軸が見えてきたりして、私だけのストーリーがある、と自信になったり癒されたりするのかもしれない・・・。

あぁ、だんだん何が言いたいのかわからなくなってきた―――!

人の数だけストーリーがある

他人のストーリーをたくさん聞いてきて、40歳を超えてようやく自分のストーリーを見つけ出して…。

そして、誰一人として同じ人生はないんだな、って当たり前ですが気づきました。

楽しいことも、悲しいことも、嬉しいことも、しんどいことも。

きっとたくさんいろんなことを積み重ねて、生きてきた。

その人だけのストーリーがあって、今も続いている。

そして人と人が出会うことで、また物語が重なる。

親から子へ。
友人から友人へ。
夫婦へ。
仕事仲間へ。
たまたま出会った人へ。

ストーリーが重なって、離れて…それを繰り返しながら、たくさんのストーリーが集まって、人の歴史になっていくのかな…?

なんて壮大なことまで考え始めてしまっています。

あなたも、私も、みんなみんなストーリーがあって、宝物のようなものだと思う

私のストーリーも、誰かのストーリーも、長ーい長ーい、人類の歴史の中では、ちっぽけなものかもしれない。

でも、誰とも同じストーリーってなくて、良い悪いもないと思うんです。

この世にひとつしかない、私も含めて、みんなみんなのストーリー。

陳腐なストーリーなんて、ひとつもない!

どんな人生にも、積み重ねてきた時間があって、出会いがあって、嬉しいも悲しいも、いろんなものが詰まっている。

だから、自分のストーリーも。
誰かのストーリーも。

すべてが宝物で、みんな、みんな愛しいねぇって、ちょっと涙が出てきそうです。

だからこそ、こんな人生なんて…とか、何もない…とか思わないでほしいんです。

きっと誰かに愛されてきたとか、大好きで仕方がなかったものとか

すっごく苦労したとか、時にはありえないほど傷ついたとか

すべてが、大したことないとか、つまらないとか、全然思えないんです。

ぜーーーんぶ、大切なこと、宝物、そして今の私たちがいる。

最初から最後までキラキラのストーリーなんて面白くないじゃないですか。

最後に、自分にとってのハッピーエンドが迎えられるように、今を大切に生きていってほしい、私も生きたい!って思います。

そして最後に、子どものころの感動や経験が、今でも繋がっていることに気づけました。

娘にどれだけそういったものを、あげられるのだろう?なんて思うようになりました。

何が正解とか、何がいいとか、全然わかりません。

きっと娘の中で静かに、残っていくものなんだろうなって思います。

娘を大事に思う気持ちは本物ですから、私なりに伝えて、いっしょに経験していきたいな…なんて思っています。

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そら

看護師、ひとり娘の母。 心と身体を整えること。 好きなものを楽しむこと。 暮らしを味わうこと。 自分らしく生きること。 忙しい毎日の中でも、 「私は本当はどうしたい?」と立ち止まって、 自分の人生を自分で選んでいけたらいい。 Another Neighbors=「もうひとつの隣人」。 ふらっと立ち寄って、 少し考えたり、ちょっと元気になったり。 そんな、もうひとつの隣人のような場所を作っています。
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