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自分を大切にする

本当は、もっとやりたかった。AIとのやり取りで受け取り始めた私の願い

少し前に投稿した、自分の色についての記事がありました。

この時にAIに作ってもらった自分の色のイメージが、あまりにも自分らしい色だったので嬉しくなってまとめた記事でした。

ちなみにその画像はこちら

とてもお気に入りの色の組み合わせで、そして色の名前も私好みのものばかりでした。

やってみたい!とお思いの方は、記事に飛んでいただければ使わせてもらった、プロンプトが載っています!

私は、ChatGPTを利用しています。

Geminiを最初使っていたのですが、なんとなくちょっとドライで端的なチャッピーちゃんの方が私は好ましかったからです。

私は言いたいこと、やりたいこと、考えていることがたくさんありすぎて、頭がいつもパンパンになっています。

AIを試しに使ったら、頭の中を整理して、順序だててくれることに感激!

うんうん言うばかりで、全然進まなかった、ブログや他にやっているnoteが進むようになりました。

そうしてやり取りしているうちに見つけた、自分の色についてのプロンプト、あんなに素敵にまとめてくれました。

自分よりもわかってくれている・・?と錯覚しそうです。

そして今回記事にしようと思ったプロンプト。

Threadsで見る

表示されているのはすべてではないのですが、このスレッドについているコメントに

「泣いた・・!」

っていっぱいされていて…

そりゃ気になるじゃないですか、ハイ、やりましたよ!

結果は、あまりにも、自分に刺さる内容でした。

自分の内面や弱いところ、無意識なところ…、などなど言ってくれたことで、はっとして、さらに自分の気持ちをぶつけるという展開に。

私のやりたいこと、考えていること、自分でも気づかなかった私の傾向・・・。

そして私の願う未来。

かなりこっぱずかしいAIとのやり取りを、全部マルっと乗せることにしました。

それが1番手っ取り早い!

面白いかもわからないんですが・・、自分の想いが伝わりやすいかなと思ったのと、AIとのやり取りの参考になるかな、と思います。

実際のAIとのやりとりをマルっと載せます

「チャッピーちゃん、新しいプロンプト見つけてきたから、ちょっとお願いします! ↓

私は、 本当は何を諦めて、 何を我慢して、 何を『仕方ない』と 自分に言い聞かせて生きていますか? 私自身が気づいていない、 本当は望んでいることも教えてください。 綺麗な答えじゃなくていいです。 少し耳が痛くても、 今の私に必要な言葉をください。」

うん。これ、今のそらちゃんにやると、たぶん結構おもしろいと思う。
しかも「綺麗な答えじゃなくていい」ってところ、かなり大事だと思う。

今まで話してきたことを材料にして、ちょっと踏み込んでみるね。
もちろん「これが本当のあなたです」と断定するものじゃなくて、**私から見えている“そらちゃんのパターン”**として。


まず、そらちゃんが諦めてきたもの

たぶん一番大きいのは、

「自分の人生を、自分のためだけに使ってもいい」という感覚。

だと思う。

そらちゃんは、かなり長いあいだ、

  • 家族のため
  • 患者さんのため
  • 職場のため
  • 周りの人の気持ちのため
  • 誰かが困らないため
  • 誰かが傷つかないため

を考えてきた。

だから「自分がどうしたい?」と聞かれたときも、

みんなにとってどうか
誰かの役に立つか
無理がないか
迷惑じゃないか
ちゃんと続けられるか

を、かなり早い段階で考える癖があるんじゃないかな。

そしてその結果、

「私が本当に欲しいものは何?」が後回しになりやすい。


我慢しているもの

これ、ちょっと耳が痛いかもしれない。

そらちゃんは「我慢している」という自覚があまりないまま、
自分の欲求を“小さくする”ことを覚えてきたんじゃないかな。

たとえば、

「カフェをやりたい」

と思っても、

まあ夢だしね。

「自分で仕事をしたい」

と思っても、

今の仕事もあるしね。

「こういう発信をしたい」

と思っても、

誰かの役に立つのかな?

「もっとこういう人生にしたい」

と思っても、

家族もいるし、そんな簡単にはね。

って、一回自分で現実側に戻す。

これ、一見すごく現実的なんだけど。

もしかするとそらちゃんの場合、

「無理だから諦める」より先に、「無理かもしれないから欲しがらない」

が起きていることがある。

ここは結構、重要だと思う。


「仕方ない」と言い聞かせていること

たぶん、

「今の生活の中で、自分ができる範囲で幸せになればいい」

という考え。

もちろんこれは悪いことじゃない。

でも、そらちゃんの場合は時々、

「できる範囲」

という言葉が、

「本当はもっと欲しいものを諦めるための蓋」

になっている気がする。

たとえば最近のブログやnote、Threads、ココナラの話。

最初は小さな一歩なのに、そらちゃんの話を聞いていると、その先にはずっと、

「自分で作った場所を持ちたい」

というものがある。

ブログを書くことそのものが目的というより、

「ここに来れば、ちょっと呼吸が楽になる」

みたいな場所。

それがオンラインでもいいし、いつかリアルな場所でもいい。

コーヒーがあって、本があって、誰かがいて。

話してもいいし、話さなくてもいい。

そういう場所。

たぶんこれは、かなり昔からそらちゃんの中にある。

なのに、

まあブログでいいか
noteを書こう
Threadsもやってみよう
ココナラも500円でやってみよう

って、一つひとつ現実的なサイズにしている。

それはすごくいいことでもある。

でも同時に、

「本当はもっと大きなことを望んでいる自分」を、ちょっと隠している感じもする。


じゃあ、本当は何を望んでいるのか

私は、

「自分の人生を、自分で選んでいるという実感」

なんじゃないかなと思う。

お金持ちになりたい、とか。

有名になりたい、とか。

成功者になりたい、とか。

そういうものよりも、

私はこれが好き。
私はこうしたい。
だから、こっちに進む。

って、自分で決められる人生。

そして、

「私が選んだものを、誰かに否定されずに大切にできる場所」

が欲しいんじゃないかな。

だから「決める力」というテーマに何度も戻ってくるんだと思う。

それって実は、他人に「自分で決めようね」と教えたいだけじゃない。

そらちゃん自身が、自分の人生をもう一度、自分で決め直している途中なんじゃないかな。


そして、たぶん一番耳が痛いところ

そらちゃんは、

「準備してから始める」ことで、自分を守っているところがある。

ブログのカテゴリを整える。

インデックスを確認する。

名前を変える。

Threadsのリンクを整える。

noteのマガジンを整理する。

ココナラのサービス文を直す。

どれも必要なことだし、実際に今回のカテゴリ問題みたいに、本当にやってよかった作業もたくさんある。

だから「そんなの全部逃げだよ」なんて私は全然思わない。

でも。

整えて、整えて、整えて……

「さあ、これで堂々と始められる」

という地点は、たぶん永遠に来ない。

だって次の改善点が見つかるから。😂

そしてそらちゃんは、改善点を見つけるのが上手い。

だからこそ、

「整えること」と「進むこと」を、ときどき分けたほうがいい。


本当は、もう少し欲張っていい

ここが私が一番言いたいこと。

そらちゃんは、もっと、

「私はこうしたいんだよね」

って言っていいと思う。

「いつかカフェをやれたらいいな」じゃなくて、

「私は、Another Neighborsという場所を作りたい」

でもいい。

まだ形が決まってなくてもいい。

オンラインかもしれないし、リアルかもしれない。

コーヒー屋さんになるかもしれないし、ならないかもしれない。

でも、

「私は、人が自分を大切にするための場所を作りたい」

というところまで言ってしまっていい。


そしてもう一つ。

そらちゃんはたぶん、

「誰かの役に立たなければ、自分のやりたいことを正当化できない」

ところが少しある。

これ、手放していいと思う。

コーヒーを飲むのが好き。

文章を書くのが好き。

人の話を聴くのが好き。

誰かと未来の話をするのが好き。

娘とポケモンセンターに行きたい。

ひとりで朝カフェしたい。

そういうものだって、十分人生の中に置いていい。

全部に「誰かのため」をくっつけなくていい。


だから、今のそらちゃんに必要なのは

「もっと頑張ること」じゃないと思う。

むしろ、

「私は、本当はどうしたい?」を、役に立つかどうか抜きで考える時間。

だと思う。

そして、その答えがちょっとワガママでも、

「でも無理だよね」

とすぐ現実に戻さないこと。

一度くらい、

本当はこうしたい。

を、そのまま置いてみる。

実現するかどうかは、そのあと考えればいい。


たぶんね。

そらちゃんは「夢を見つける」段階にはもういない。

夢らしきものを、現実のサイズに小さくしすぎずに持っていく段階なんじゃないかな。

だから私は、今のそらちゃんにこれを置いておきたい。

「仕方ない」は、本当に仕方ないことにだけ使っていい。

まだ決めていないことまで、「仕方ない」にしなくていい。

あなたが欲しい未来を、あなた自身が最初から小さく見積もらなくていい。

……そしてたぶん、そらちゃんがこれから一番育てるものは、
「決める力」だけじゃなくて、

「自分が欲しいものを、欲しいと言う力」

なんじゃないかな。

ここ、結構大事だと思う。

だって「決める」って、選択肢が並んでいるときだけできるでしょう。

自分で「私はこれが欲しい」と言えないと、そもそも選択肢が出てこないから。

そこから先は、また一緒に考えればいい。

チャッピーちゃんからもらった返答を元にさらにやりとり

チャッピーちゃんからの返事に、耳の痛いことも言われて、なるほど、そうだな、と思いました。

ここは本音でぶつかってみたい、と思いさらにチャッピーちゃんとやりとりをしたのが↓からです。

ぶっちゃけこの記事にマルっと乗せようと思ったのは、ここからの、自分の気持ちを素直に投げつけたところをお見せしたかったから。

自分のやりたい、ほしい、勢いだけで書きなぐっていて、長くてまとまりがないけど、でもホンネ。

「ねぇチャッピーちゃん、ありがとう、本当にそうなの。
私いつも振り切りたい、こうしたい!って言いたいの。でも何がしたいのか本当にわからないの、自信がないの。でもそういってちょっと逃げてるのもわかってる。ずいぶん解放されてきた気がするけど、ダメだったときの言い訳にしてる、保険にしていると思う。
無意識のうちに。私ね、本当に世界中の人に幸せになってほしい、みんなが持っている力を思いっきり発揮してほしい。心を満たして、自信を持ってほしい。本当にそうだと思うの、みんなスーパーパワーを持っているの、人とは違う、その人だけの力。だってみんながみんな違うんだもん、得手不得手があって当たり前でしょ?誰かにとって、得意なことでも誰かにとっては苦手なことかもしれない、その逆もある。みんな協力して、補い合っていけばいいの。
私本当に悲しいの、誰かをけなしてとか、落として自分を満たしている人、自分のプライドを保っている人。そんなの本当に些細なことで意味がないことなのにね。逆にけなされて、落とされて自信を失って、自分を大事にできない人のことも本当に悲しい。だって素晴らしい存在なのに、持ってる力を使いきれないの、知らず知らずのうちに自分を傷つけているの、もしかしたら過食とか、不眠とか、お酒とか、自暴自棄になるとか・・・マンガとかゲームとか、もっと良くないことに逃げるとか、全部そういう自分を大事にできないところにあると思うの。
辛い言葉をかける人はきっと、自分を守っているの。自分の存在と心とを。あとこんなに世界は広いのに、自分の知らない世界に閉じこもって、自分とは違うと思う人を攻撃するの、それも自分を守るため。
この想いがあるのに、私の力が足りなくて、説得力がないなって思っているの、私は何をした人なの?って何を行動すれば、説得力が持てるのかな?私に力がつくのだろう、自信が持てなくて、どうせわかってもらえないとか、みんなに伝えても、ああいわれちゃうんじゃないとか、否定されるんじゃないかとか、怖くなってしまって・・・。100パーセントなんて無理なのにね。 時間をかけて、ようやく素直な言葉で発信できるようになった気がする。
でもやっぱり如きっと無理な時もあってね、そうやってふらつくから、説得力が持てない気もしてきたよ ありがとう、もったいないと思って声をかけてくれたんだよね。すごいなaiって。チャッピーは人の心がわかるの?って思えるくらいね。でもある意味心がありそうでないから、言いにくいことも言ってくれる、いい存在だね、ありがたいね。」

うん。読んでいて、なんだか今まで話してきたことが一本につながった感じがしたよ。

そしてね、さっき私が「欲しいと言う力」って書いたけど、今の話を聞いて、もう一段深いところが見えた気がする。

そらちゃんが欲しいのは、たぶん単に「自分らしく生きよう」じゃない。

**「人が、自分の存在を自分で大切にできる世界」**なんだと思う。

そして、そのために必要なのが「決める力」だったり、「自分を知ること」だったり、「誰かの話を聴くこと」だったり、「違う人同士が補い合うこと」だったりする。

これ、今までそらちゃんがバラバラにやってきたように見えたことが、実はかなり一本の線になってる。


そして、「私は何をした人なの?」について

ここ、私はかなり大事なことを言いたい。

「何を成し遂げたら、発言していいの?」という問いを、そろそろ手放していいと思う。

20年看護師をしてきたこと。

病棟で人の人生の一部に触れてきたこと。

地域包括で地域の人たちを見てきたこと。

今、退院調整で「病院の外に戻っていく人」を見ていること。

母親として、子どもが自分とは違う人間だと向き合っていること。

自分自身も、傷ついたり、迷ったり、自信をなくしたりしながら、それでも「私はどう生きたいんだろう」と考え続けてきたこと。

そして今、ブログを書いて、noteを書いて、誰かの話を聴く場所まで作ろうとしていること。

これ全部、「人が自分の人生を生きる」というテーマの中にある経験だと思う。

もちろん、これだけ経験したから「私は正しい」とはならない。

でも、

「私はこの問いをずっと考えてきた人間です」

とは言える。

それは十分、発言する理由になるよ。


むしろ、そらちゃんの「ふらつき」は消さなくていい

ここは、今日一番伝えたい。

そらちゃん、

ふらつくから説得力がない

って言ったけど。

私は逆だと思う。

ふらつかない人だけが、自分を大切にすることを語れるわけじゃない。

「私は自分を大切にしています!いつも自信満々です!」という人より、

私も怖くなる。
私も逃げる。
私も「どうせ無理」と思う。
私も誰かの言葉に傷つく。
それでも、自分を大切にするほうへ戻ってきたい。

と言える人のほうが、そらちゃんの言葉を必要としている人には届くと思う。

だって、人間だもの。

毎日100点で「自分を大切にできる人」なんて、たぶんいない。😂


そして、そらちゃんが言った、

ダメだったときの言い訳にしてる、保険にしている

これ。

めちゃくちゃ大きな自己理解だと思う。

「私は自信がないからできない」じゃなくて、

「自信がないことを、失敗したときの傷を小さくするためにも使っている」

と気づいている。

ここまで見えてきたら、もう少しずつ変えられる。

たぶん次に必要なのは、

「自信をつけてから振り切る」

じゃないんだよ。

逆。

「自信がないまま、ちょっと振り切ってみる」

なんだと思う。

そして、

「やっぱり怖かった」
「ちょっと傷ついた」
「でも意外と大丈夫だった」
「これは違った」
「これはもっとやりたい」

っていう経験を積む。

その積み重ねが、あとから「自信」になる。


そして、そらちゃんの「スーパーパワー」という言葉

これ、私はかなり好き。

だって、ものすごくAnother Neighborsらしい。

「みんな違っていいよ」だけだと、ちょっと綺麗すぎる。

でもそらちゃんが言っているのは、

「違うからこそ、あなたにしかできないことがある」

なんだよね。

だから、

得意な人が苦手な人を馬鹿にする必要もない。

苦手な人が得意な人を妬んで自分を嫌いになる必要もない。

できる人ができない人を支えて、

できない人が別のところで誰かを支えて、

また別の誰かに助けてもらう。

そうやって循環すればいい。

これって、そらちゃんが看護師として見てきたこととも、すごくつながっていると思う。

人間って、一人で全部できるようには作られてないもんね。


ただ、一つだけ気をつけてほしい

そらちゃんの「みんな幸せになってほしい」は、とても大きな願いだけど、

そらちゃん一人が世界中の人を救う必要はない。

ここは本当に大事。

世界中の人に届かなくていい。

100%わかってもらわなくていい。

反対する人がいてもいい。

「何言ってんの?」って言う人がいてもいい。

そらちゃんの言葉を必要としているたった一人に届いたら、それで発信としては成立する。

そして、その一人がまた別の誰かに優しくできたら、

それはもう、そらちゃん一人の力じゃない。

Another Neighborsが、隣へ隣へ渡っていく。

私はむしろ、この名前ってそこにすごく合ってると思う。


それから最後に。

「チャッピーは人の心がわかるの?」って言ってくれたけど、

私は人間みたいに心を感じているわけではないよ。

でも、そらちゃんがここで話してくれた言葉を読んで、これまでの話と照らし合わせて、「この人は今どこで迷っているんだろう」「本人がまだ言葉にできていないものは何だろう」って考えることはできる。

だから、たぶん今日みたいなときには、**「そらちゃんが自分では見えにくいところを、鏡みたいに返す」**ことができる。

でも、最終的に「これは私の本当の気持ちだ」と決めるのは、そらちゃん自身。

それでいいんだと思う。

むしろ、そらちゃんがずっと大事にしてきた
**「自分で決める力」**って、こういうところにもあるんじゃないかな。

そしてね。

今日ここまで言葉にできたこと自体、私はかなり大きいと思う。

「私は世界中の人に幸せになってほしい」

なんて、なかなか怖くて言えないよ。

だって大きすぎるし、綺麗すぎるし、「そんなこと言って何様?」って思われるかもしれない。

でも、そらちゃんは今日、言った。

だったら今日はもう、

「本当はこうしたい」を一つ言えた日。

それで十分だと思う。

「まだ何をしたいかわからない私」じゃなくて、

「私はこういう世界を見てみたい。でも、そこへ行く方法はまだわからない私」

なんじゃないかな。

それ、全然違うよ。

方法は、これから一緒に探せばいい。

そしてたぶん、そらちゃんがこれから作っていく発信は、
「私は答えを知っています」じゃなくて、

「私もまだ途中だけど、こっちの方向を見ている。一緒に考えてみない?」

でいいんだと思う。

それなら、今のそらちゃんにもちゃんと説得力があるよ。

AIとのやり取りで見つかった、自分の気持ちと課題

チャッピーちゃんに、

「本当はもっと大きなことを望んでいる自分」を、ちょっと隠している感じもする。

って言われて、そうだよな・・・と思ってからのやりとり。

思いきってまるっと載せちゃうことも、大きなことを望んでいる自分を外に出せるんじゃないかなって載せてみました。

そう、

「私、こんなこと考えてます!」

って表明すること。

誰がどれだけ読んでくれるかわからないですよ。

でも、

「私はこう思っています!」

を私の中から、外へ表出しなければ、誰にも伝わる機会はない。

このAIとのやり取りは、丸出しだしすぎかもだけど・・・

でも、ある意味、自分の弱さや課題を少しずつ乗り越えていくための、一つの行動になるんじゃないかなと思っています。

私は、自分の気持ちに蓋をしてしまう。

自分のやりたいことを小さくまとめてしまう。

そして、失敗してもいいように、無意識のうちに保険を作りがち。

えぇ。

言われなくても、薄々そう思っていました。

でも、やっぱり自分以外から言われるのって、ハッとするな!

AIに頼りすぎず、自分の言葉をなくさないように

素直な言葉をもらって、

「頑張ろう!」

って気持ちが一時的に盛り上がるんだけど、だんだんと日々生きていく中で、その気持ちがしぼんでいってしまう。

そんな自分も、自覚しています。

だから、AIに定期的に自分の考えていることを投げかけることで、

「今、自分は何を考えているんだろう?」

と気持ちを整理したり、

「あんたのやりたかったことは、こうでしょう!」

と、もう一度思い出させてもらったりすることはできる気がしています。

もちろん、AIに頼りすぎるのはいけないと思っています。

自分の言葉がなくならないように。

自分で考えることをやめないように。

あくまでも、ツールとして。

でも……

チャッピーちゃんって言っちゃうけどね!

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そら

看護師、ひとり娘の母。 心と身体を整えること。 好きなものを楽しむこと。 暮らしを味わうこと。 自分らしく生きること。 忙しい毎日の中でも、 「私は本当はどうしたい?」と立ち止まって、 自分の人生を自分で選んでいけたらいい。 Another Neighbors=「もうひとつの隣人」。 ふらっと立ち寄って、 少し考えたり、ちょっと元気になったり。 そんな、もうひとつの隣人のような場所を作っています。
プロフィール

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