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やさしいつながり

話をするのって魔法の時間なのかもしれない

話をすることって、まるで魔法の時間みたいなイメージがあります。

自分一人であれやこれや考えていて、悶々と時間を費やしてしまうことってありませんか?

特に私は人の気持ちを察しすぎるとか、考えすぎてしまうこともあって、すごく時間を使ってしまいます。
(HSP傾向は強そうです)

看護師として、特に今は退院支援看護師として、退院したあとの生活や人生を考えると、それはもうずっと悶々してしまいます。

面談の前にあれやこれや色々考えて挑んでも、実際に患者さん、ご家族とお話をすると、思いもよらない方向に進むことも多々あるんですね。

日常生活の場面でも、

「あぁ、やってしまった・・・、申し訳ないことをした・・・」

と思って、悶々しても、実際に謝ったりするときには、

「なんだそんなこと!全然気にしてないよ!」

と、言われて、あぁ、話して良かった・・・なんて思うこともしばしば。

人と話すことで、何か新しい発見や気づきがあるかもしれない。

そんな魔法の時間じゃないかなって思うんです。

話しているうちに、自分の気持ちに気づくことがある

私は、頭の中でぐるぐる考えるタイプです。

「あれはどういうことだったんだろう」

「私は本当はどう思ってるんだろう」

「これでよかったのかな」

考えているうちに、ますますわからなくなる。

でも、それを誰かに話してみると、

「あ、私、本当は嫌だったんだ」

とか、

「なんだ、私これが嬉しかったんだ」

とか、

自分でも気づいていなかった気持ちが出てくることがあります。

話すって、ただ言葉を出すだけじゃなくて、

自分の気持ちを振り返ったり、

整理したり、

「私はこう感じていたんだ」と気づいたりする時間にもなるのかもしれません。

そして、

「そうだったんだね」

と誰かに受け止めてもらえたら、

ちょっと安心することもある。

自分の気持ちを、大切にしてもらえたような気がする。

「この気持ち、ここにあっていいんだ」

と思える。

そんなこともあるのかなと思っています。

勝手に想像していた相手の気持ちに気づくこともある

逆に、話をする相手の気持ちを勝手に想像してしまって

「嫌な思いをしていないかな…」

「あのときのこと、申し訳なかったな…怒ってないかな…」

なんて、勝手に悶々としちゃうこともあります。

でも自分一人で悶々としてしまっても、相手の気持ちは相手のもの。

私が勝手に想像したところで、永遠にわからないものです。

自分が申し訳ない、不安と思うのであれば、話をして素直に伝えるのも手だと思うんです。

すべてがわかるわけではないとは思いますが、相手の返事や反応で、自分の勝手な想像が本当に勝手なものだったなって気づくこともたくさんあるんです。

話をすることで、自分の勝手な想像に振り回されないようにすることもできるし、なにより相手との共通の認識を持てる機会です。

相手が忙しそうとか、そもそも関係性が悪いとか、ハードルはあると思いますが…。

話をすることで、お互いの共通認識、理解を持てるのはいいことだな、と思います。

もちろん、深い話じゃなくてもいい

私は「話すこと」って、そんなに深刻なものじゃなくてもいいと思うんです。

「今日こんなことがあった!」

「この本、面白かった!」

「この曲めっちゃ好き!」

日常会話だって、立派な会話です。

誰かと好きなものを共有して、「わかるー!」って言い合う。

それだけでも、その時間はとっても嬉しくて楽しい時間ですよね。

人と話すことで、

「私、こんな気持ちになるんだ…!」と発見があったり

「同じものが好きってことがわかって嬉しいな…」ってつながりを感じることもある。

ただ誰かと何気ないことを話すだけでも、魔法のような時間が起こるかもしれませんよ。

話をするのって勇気がいるのかもしれない

話をするのって、魔法のように何が起こるのかわからない。

もちろんいいことばかりではないと思うんです。

思った方にいかなくて、すれ違ってしまったり、傷つけあうこともあるかもしれない。

だから勇気がいる時ってあると思うんです。

今は、メールやLINE、SNSで、顔を見なくても誰かとつながれる。

それはとても便利だし、私自身もたくさん助けられています。

でも、文字だけではわからない表情や声のトーン、ちょっとした間。

そういうものを含めて人と話すことって、やっぱりあるんじゃないかなと思うんです。

そして、忙しい毎日の中では、誰かとじっくり話す時間そのものが、意外と少なくなっている。

私自身も、身に着いた「気ぃ使いしぃ」の根深さで、話をするのに悶々としてしまいます。

看護師という仕事柄、話をしないと絶対仕事が進まないので、半強制的にトレーニングしてきました。

もしね、少しでも話をする場所、練習できる場所があってもいいかなと思うんです。

もうちょっと優しい環境で…(笑)

気軽に、何でも話してもいい場所があれば、
話しているうちに心の整理がついたり、
「あ、私はこうしたかったんだ」って気づいたり。

そんな時間があってもいいんじゃないかな、と思うようになりました。

さいごに

話をするのが魔法みたいな時間だなって思い、話すことの良さについてまとめてみました。

そんな「話すっていいな」を、私はもっと大切にしてみたくなりました。

だから最近、ココナラで「話を聴く場所」をつくってみています。

どんな場所なのか、どうしてつくろうと思ったのか。

別の記事でまとめていますの、ご覧になっていただけたら嬉しいです!

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そら

看護師、ひとり娘の母。 心と身体を整えること。 好きなものを楽しむこと。 暮らしを味わうこと。 自分らしく生きること。 忙しい毎日の中でも、 「私は本当はどうしたい?」と立ち止まって、 自分の人生を自分で選んでいけたらいい。 Another Neighbors=「もうひとつの隣人」。 ふらっと立ち寄って、 少し考えたり、ちょっと元気になったり。 そんな、もうひとつの隣人のような場所を作っています。
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